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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和44年(う)47号 判決 1969年12月02日

被告人 小林ちゑ子

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六月に処する。

本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は、被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、福井地方検察庁検察官鈴木信男作成名義の控訴趣意書に記載されているとおりであるから、これを引用する。

一  論旨第一点、児童福祉法違反の所為についての事実誤認並びに法令の解釈適用の誤りの主張について

所論は要するに

(1)  児童福祉法第三四条一項九号(以下単に九号という)と同項五号(以下単に五号という)とはそれぞれその犯罪構成要件を異にし、満一五歳以上の児童に「酒帯に侍する行為」を業務としてさせる行為が、五号によれば児童福祉法上不可罰の行為であるからといつて、常に必ずしも九号の「児童の心身に有害な影響を与える行為」(以下、単に有害行為という。)から除外されるものではなく、当該「酒席に侍する行為」が、例えば、バー、カフエー、キャバレー等の女給として客に接する場合のように、有害行為である限り、かかる行為をさせる目的をもつて児童を自己の支配下に置く場合には、九号違反の犯罪が成立すると解すべきであつて、このことは労働基準法六三条二項、女子年少者労働基準規則八条四四号、四五号の法意に照しても明らかであるのに、本件公訴事実の「酒客の接待をさせる行為」は、五号の「酒席に侍する行為」と同一の行為を意味するものであるとし、そして、五号の「酒席に侍する行為」は、満一五歳未満の児童に対するもののみ禁止の対象とされるにとどまつているものであるから、その反面解釈として、これと同種の行為は、満一五歳以上の児童に関する行為である限り如何なる場所においてなされるものであつても、九号にいう有害行為にはあたらず、従つてバー、カフエー等の女給として客の接待をなさしめる目的のもとに、児童を自己の支配下に置く行為については、児童福祉法上これを不可罰とする趣旨を規定したものと解するほかないとし、

(2)  原審で取調べた証拠によれば、被告人方「淀」における女給の接客行為の実態は、赤色系統の電灯がついている薄暗い店内で、酒客の間にあつて遊芸をなし、酒席をとりもち、その間、淫猥な言動に接することがあつたのは勿論、時として、売春に及ぶことすら珍らしくなかつたこと、被告人も、右事情を十分認識していたこと等の諸事実が認められ、このような状況のもとでの「酒客を接待する行為」が有害行為であることは論を俟たないところであるのに、かかる事実を看過し、被告人が有害行為に従事させる意図で甲野乙子を雇用した事実を認め得ないとし、

無罪の言渡をした原判決は、右(1)の点で法令の解釈適用を誤り、(2)の点で証拠の価値判断を誤り、ひいて事実を誤認したものである、というのである。

よつて案ずるに、九号の有害行為か否かは、その時代に即応した健全な社会通念に照らして考察すべきであつて、同条一項列挙の禁止行為中、五号に「満一五歳に満たない児童に酒席に侍する行為」を業務としてさせる行為なる規定があることから、直ちに、その反対解釈として、満一五歳以上の児童については該行為が放任されていると解することは相当でない。五号と九号とは、それぞれその犯罪の構成要件を異にし、殊に、一号から六号までが、現在の社会において屡々発生する典型的な、かつ、有害な影響を与える度合の強いと目される特定の行為をさせることを処罰しているのに対し、九号は有害行為をさせることを目的として自己の支配下に置く行為を処罰しているのであるから、一号から六号までと同種の行為であり、かつ、同規定で罪とならない行為は、すべて九号の有害行為から除かれるものとする原審見解にはたやすく左袒し得ない。「酒席に侍らせる行為」「酒席の接待をさせる行為」も、風俗営業等取締法にいうバー、キャバレー、カフェー、待合等における場合には、かかる場所が、とかく不健康な雰囲気に流れ易く、ために思慮未熟な児童をして、往々健全な勤労意欲を失わせることから、多くの場合において児童の心身に好ましからぬ影響を与えると解せられるべきであり、従つて、「酒席に侍する行為」「酒客を接待する行為」をさせる行為が、九号の有害行為にあたるか否かは、具体的に諸般の状況を総合して考察しなければならない。

これを本件について見るに、原審及び当審において取調べた証拠を総合すると、被告人は、昭和三九年一〇月三日飲食店営業の許可を受け、肩書住居地で飲食店「淀」の営業を始め、その後昭和四三年二月一四日風俗営業の許可を受け、カフェー「淀」としてカフェー業を営むに至つているものであること、同店は、カウンターに面して椅子数脚を設けたに過ぎない小規模のものであつたが、昭和四二年九月一六日頃から、同店においては、女給をして、カウンター外の客席で酒客の接待をさせる等、許可前より事実上カフェー営業をするに至つていたこと、そして被告人は、昭和四二年九月一六日頃、児童である甲野乙子(昭和二五年七月八日生、当時一七才二月)を右のような事実上カフエーである同店で酒客の接待をさせる目的で女給として雇用し、同日頃から、同年一一月二八日頃までの間、被告人方二階に住込ませ、女給として稼働させていたこと、そして、被告人は、右甲野、まゆみこと村上末子等女給をして、客席で酒客の接待をさせ、時には、客の求めによりダンスの相手をもさせていたこと、この間、卑猥な言辞に接することのあることは勿論、酒客から臀部を手で撫でられる等淫猥な行動に接することもあつたこと、更には、右甲野、村上末子等において顧客に誘われて外出し、売春行為に及んだこともあつたこと、被告人においても右事情を知悉しながらこれを黙認していたことなど諸般の事実が各認められ、これ等の事実を総合すると、被告人が、児童甲野乙子を、事実上カフエーであつた同店の女給として雇用し、右のような状況の下で「酒客の接待」をさせる行為は、九号にいう有害行為にあたると解するのが相当である。(附言するに、原審第二回公判調書中の証人甲野乙子の供述記載、坂本清一、下野与三吉の司法警察員に対する各供述調書を総合すると、被告人においては、甲野乙子を雇用するに際し、同女が満一八歳未満の児童であつたことを知悉していたものと認められる。証人甲野乙子の供述中に、多少前後矛盾する供述部分の存することは、原審指摘のとおりであるが、これを仔細に検討すると、右相違は、質問者の質問の方法、内容によつて生じたもので、必ずしも矛盾するものとは認め難く、又、全体としてこれを観察するに、同女が被告人に雇用されるに際し、同女の年齢を告げていることを一貫して供述しているものであつて、その供述内容は十分信用するに値するものと認められる。右認定に反する証人敦賀ハル及び被告人の原審及び当審公判廷における各供述部分は、喫茶店、飲食店等、この種業務に携わる者として最も留意すべき年齢確認は勿論のこと、本名すら聞かなかつた旨供述する等、一般常識に照らして極めて不自然であるばかりでなく、前掲各証拠、殊に、この点に関し具体的に詳細に当時の状況を供述している証人甲野乙子の証言に照らして信用し難く、ほかに、右認定を覆すに足る証拠はない。更に、本件各証拠を総合すると、被告人は、児童である甲野乙子を、親権者母甲野タネ子の同意を得ることなく同店の女給として雇用したこと、甲野乙子の希望があつたにせよ、住込女給として被告人方居宅の二階に居住させた上、店舗に出勤して稼働した日に限つて一日一、〇〇〇円を保証するが、病欠であつても欠勤した日は一銭も支払わず、又、営業中、客と外出するときは、たとえ客が支出するにせよ、罰金として一、〇〇〇円を店に払う等の制度を採用していたことが認められ、この事実によれば、被告人と甲野乙子との雇傭関係は、九号にいう「正当な雇傭関係」にあたらず、又、右のような雇傭条件のもとでは、被告人に、九号にいう児童を「自己の支配下に置く行為」があつたものと認めるのが相当である。)

以上認定のとおり、被告人に対する児童福祉法違反の公訴事実については、原審及び当審において取調べた証拠により、その犯罪の証明は十分と認められ、従つて、満一五歳以上の児童をして「酒客の接待をさせる行為」が児童福祉法上不可罰であり、その他犯罪の証明が十分でないとして被告人に無罪を言渡した原判決は、その余の点に触れるまでもなく、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令解釈の誤り並びに事実の誤認があり、失当として破棄を免れない。論旨は理由がある。

二、論旨第二点、労働基準法違反の所為についての事実誤認の主張について、

所論は要するに、原審で取調べた証拠により、被告人において、甲野乙子の年齢が満一八歳未満であることを知つていたと十分認められるのに、これを認めるに足る十分な証拠がないとして、結局、無罪の言渡をした原判決は、証拠の価値判断を誤り、ひいて事実を誤認したものである、というのである。

よつて案ずるに、被告人において、甲野乙子が満一八歳未満の児童であることを知つていたと認められることは前段附言の項において認定のとおりであり、本件公訴事実中、その余の事実についても、本件各証拠によつて認められることは、前叙のとおりである。

そうだとすると、被告人において、甲野乙子の年齢が満一八歳未満であることを認識していたと認めるに足る証拠がないとし、結局、被告人に対し無罪の言渡をした原判決は、事実を誤認したものと言わざるを得ず、右の違法が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから破棄を免れない。論旨は理由がある。

よつて、刑事訴訟法三九七条一項、三八〇条、三八二条に則り原判決を被棄し、同法四〇〇条但書に則り当裁判所において更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は、福井県鯖江市本町二丁目三の一番地被告人方において、一品料理店の許可を受け、事実上カフエーとして「淀」を経営しているものであるが、

(一)  法定の除外事由がないのに、昭和四二年九月一六日ころ、児童であることを知りながら、甲野乙子(昭和二五年七月八日生、当時一七歳二月)を、同店において酒客の接待をさせる業務に従事させ、もつて児童の心身に有害な影響を与える行為をさせる目的をもつて住込み女給として雇い入れ、同日ころから同年一一月三〇日ころまでの間、これを自己の支配下に置き、

(二)  前記甲野乙子の使用者であるが、同女が一八歳に満たない者であることを知りながら、前記「淀」において前記の期間同女を福祉に有害な場所における業務である同店の女給としての業務に就かせ、

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示(一)の所為は、児童福祉法三四条一項九号、六〇条二項に、判示(二)の所為は労働基準法六三条二項、一一九条一号、女子年少者労働基準規則八条四四号に各該当するところ、以上は刑法五四条一項前段所定の一個の行為にして数個の罪名に触れる場合に該当するので同法一〇条に則り重い判示(一)の罪の刑によることとし、所定刑中懲役刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を懲役六月に処することとし、なお、情状刑の執行を猶予するを相当と認めるので同法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予することとし、原審及び当審における訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に則り被告人に負担させることとする。

よつて、主文のとおり判決する。

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